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仕事が終わったら、ビルから出たら即うたってはどうだろう

  ほんと、主婦業とは「待ってる業」だったよな。

全部は待機時間であり、主婦に「自分の時間」はないのである。その待機時間を利用していろいろなことは出来るが、あくまで待機時間内のことである。

それを「趣味」と呼ぶなら呼べ、であるが、私はその「待機時間」にうたを始め、二期会に入り、商売も始め、挙句に旦那より稼げるようになっったが、そういうことはすべて待ってる時間でやってたことで、「趣味」であり、本業はホームに帰ってきた人に「セーフ!!」を言う審判員であった。

「待っている人がいる」という事だけにおいて「家族」というものは成立しているのであり、それはお父さんでもおばあさんでもなんでもいいんだが、とにかく誰かが待ってて「ここがホームである」と審判し、帰ってきたら一点あげる、また塁にでてもらう、そういうルールを臣従する人がいるということである。

豪華なご飯を作ろうがカップ麺であろうが基本そのルールに変わりはないから、そういうことはオプションである。

つまり家事の問題ではない。それはいくらでも外注できる。いずれロボットがやるかもしれないし、つまりやらなくても体制に変動なしである。

 本当に日本の家は掃除がへたくそで、私から見ればどこもゴミ屋敷のようだが、ごみの中で「おかあさん」(象徴的に言ってます、おとうさんでもおじさんでもおばあさんでも他人でもなんでもいいですが)がにこにこ「おかえり」を言っていればもうそこはおうちで、やっぱりうちはいいなあ、なふるさとである。ゴミ屋敷の合言葉はは、汚い方が落ち着ける、であり、埃で人は死なない、である、でも言っとくけど綺麗なうちでも人は死なないし落ち着ける。

待ってる人がいる、というのは挙句、もう誰もいなくても(死去とか別離でも)「印象」なのであって、自分を待っている人がいるはずだ、いたはずだ、でもいいのだろう。その記憶をどれだけ鮮明に鮮烈に伝えられか。

それには何千回の「セーフ」を。観客が一人もいなくても、いや、回数でないかも、厚盛りな思いがさ、大事。

家族における「主婦業」とはそこでしかないと私は思う。

そらあ、審判は仕事早く終わりたいし、褒められたいし、ホームランで帰ってきてほしいがさ、いつまでも塁に出られない三振ばかりな「あんた」のことを、いつまでも雨が降っても雨がやんでもぽつんと「ホーム」で待っている。その審判一人がいなくなっちゃうとこのゲームは成り立たなくなってしまう。枠が無ければルールが無ければ審判がいなければセーフ!がなければお帰り!が無ければ、

「あんた」はノールールな「無敵な人」になってしまう。

 審判いない人がさ、あるいは機能しない審判しかいない人がさ、無敵な人にならないためには何がいるのかな。社会みんなで考えよう、などという選挙みたいなこと言っちゃうけど。

子らも独立してやっと「自由な審判員」な私だが、そんな手放しで持ち場を離れられないが。そのノスタルジーをみんなで囲んでキャンプファイヤーなんかやってくれてもな。

「家族のルール」すら忘れちゃったボケ老人の母となんの話も成り立たないが。施設の老人はたいてい「死ぬほど」暇である。毎度行く度になんか仕事させてくれと頼まれるが(私が誰だか正確にはわからないのに)あなたは「立派な」だんなのもとで働かないで暮らせることを自慢にしてたんだからさ、人は「その理由で」生きて死ぬのさ。しかし私は考えるよ。とりあえず何人かで行ってうたっちゃう(ホールなどに集めてうたを聞かせるなどというたいそうなものでなく)など、来月から始めるんだけど、なにか案があったら教えてください。自然界では何もできなくなったら死ぬしかないんだろうが、人間、そのタイムラグが10年以上になることもあるんで、それもある意味「無敵な人」であるよね。「ケア」じゃない何かがほしい。なんだろう?

 

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