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富士見湯再開

  こうなると、体と声と精神との関係の仕事をしている、ということであるんだが、公開レッスンなどしていると、俎上に上がっている人より、見学者の方が「よくわかる」という・・・人のことは言えるが、我が振り直すのはかくも大変。

人の振りみて我が振り直せ、とはいうけどさ。

 自分のことは自分で解らないので私もレッスン受けているわけだが、1つの「振り」を変えるのに軽く10年くらいかかる。それは特段私にカンが無いからだと思うが、

 余談ではあるが、根幹でもあるが、「無い」ことが「だめ」でない、ということは「仕事」をしないとわからない。全ての事は「売って」みないとその「価値」が決まらない。そういう観点から「教育」を考えないと子どもは救われない。つまり「ママ」は子どもを育てられない。消費だけしてろ。読む雑誌がストーリーか素敵なオクサンか婦人画報の違いだけ、乙。

 公開レッスンは大変好評でした。次回を乞うご期待
8月30日男女平等センター5時半から9時くらいまで。6名の公開レッスンです。入場無料。

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 息を吸う、という難しさ。「息を吸って」という指導自体が有効でないのかも、と思った。「言う分しか吸わない」のが普通なんだから、「うたう分」しか吸わないのは当然。うたの場合の息は横隔膜が下がるまで吸う。それを一定に細く出していく技術なので、「無駄に吸う」といってもいいかもしれない。いつもそこまで無駄に行っていちいち手を突いて帰ってくるような、いや帰ってこないような。

 最近「音出しちゃってますよ」という指導をよく受けるけど、「音を出す」ことに意味がないことが20年やっててよくわかるようになった。すごく字にすると難しく、やってみれば一発だが、音を出すのではなく、空気中にある音をこちらの体を使って「言い当てる」というような行為である。体が絶縁体になってるとうたえない。

 「うたう体」を獲得するのに「必要なもの」は「無い」のかもしれない。そのままであれば生まれながらに腹式呼吸のマスケラ発声は出来る訳だから、
つまりうたうに不必要なものを除けばいいんだが、人は長年かけて「うたえない体」を獲得しちゃった、ということであるよ

 ①大きい声出しちゃいけない、などの道徳的縛り。②軟口蓋が下がるばかりのつまらん日常、③身の縮まるような「脅迫」の連続(~しないと大変なことになる、~しないと食べていけない、そんな事してると世間が許さない、等々)それらを原因遠因にする恐怖心。

 息も吸えなきゃ声も出なけりゃ、出るのはため息ばかり、というが、そういう体は正確にはため息もつけない。

そうして声と息をひそめて生きているうちに体はどんどんうたえない仕様になり、「その範囲」の体で幸せになろう、と言う難しい事を考える。

 その「循環」を破るためのひとつの方法として私は声楽を提案したいですね、

 雄叫びやら嬌声でいいけど、そういうのは練習することにはならないし、社会的にどうよ、そんな自分も正当化しにくいしで、

 嬌声をあげるための「装置」が必要になる。ジェットコースターに乗る、祭りに参加する、サッカー観戦などをする、などなど、でも私は基本的にこういう「みんなでやれば怖くない」的な「解放」が嫌いである。それのタチの悪い延長上にあらゆる闘争、宗教、ナショナリズムがあると思うが。

 私は家業にしているわけだから、この声楽って解放の「やり方」が気に入っているわけだけど。家で練習してて訝しがられないしね(いやみなさん家族に怒られたり、近隣に気を使って雨戸閉めたり大変そうだが)最終的な目標が「美」であるところが気に入っている。「開放感」が副産物である贅沢。

 

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「富士見湯」が再開した。もうだめかと思ったが、半年ぶりくらい。ここもヘビーローテーション湯だったので嬉しい。
「菊水湯」「富士見湯」「白山浴場」「白山テルメン」たまにラ・クーア。贅沢な事だなあ、これだけの湯やに囲まれて。「あと千回の晩飯」という本が山田風太郎にあるが、あと何回の銭湯、と思うよ。毎度の銭湯を大事に生きていきたい。

 あと100年たったらここにいる人間の誰も生きていないという事から逆算して考えろ、と私は父親にいわれて育ったが、墓参りしてきたよ子らと。大崎。タワマンと首から名札ぶら下げた社畜の町になってしまってさ、メメント・モリ、たなばたに死ぬとかいやらしいな。

 


 

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