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滝山団地

月曜休みにずっと行きたかった「滝山団地」に行く。

 その「滝山コミューン」がかかれた時代とは、私が団地で育った時代(1962年くらいから75年くらいまで)であり、それは経済成長と経済構造の変化の時代、団地というものが田舎から都市に流出してきた2次3次産業の担い手とそこで派生した家族の為の「ハコ」を担ってきた時代、

 さてはてそこから巣立っていった子供たちは「家族作り」に懐疑的で、人口は減り、立ててしまった多くのハコは空いてしまう、特に当時スプロールした先の先に作ったようなハコは新たな住人を迎えにくくなっている様子。

日本公団住宅というような組織もなくなり、今は「公団」は新しく立て替えたり、新たな賃貸し住宅として再生を計っているようなんだが(団地の自治会は反対しているよう)やっと味が出てくると新しくしてしまうのはこの国の常である。何代にもわたって住み続けるような構造ではない団地は、老人が目立ち、団地内商店街はシャッターが下り、子供たちが遊ばなくなった遊具が寂しさを誘うが、

 そこにかつて順番待ちしたほどの子どもの列、小さな子どもを抱えたお母さん、買い物かごには夕餉の食材、どこからともなく聞こえる黄色いバイエル、私はいまそれをどこの団地に行ってもまざまざと眼前に再現する事が出来る。

 荒涼とした老人の住処と化した団地。どうしたって「みんなのほうがいなくなってしまった」事を強く意識させるよね、老いるということはそういうことなんだろうよ。泣ける。

 老人にではなく、私は「団地」に対していくらでも涙がでるのである。

じゃあ、人工的である事がダメだったのか?街ってそうあるべきじゃないよね、つまり誰か(公団やら私鉄やらなりの土建屋やデベロッパーが)しつらえた「おうち」が「お家」になるまでに時間がかかり、そこまで待てないうちに人は老いてしまい、つまり人と街との関係は時間との勝負で、その前に「根が張れる」のが大事なんだろう、ローンなんか組んでそれ払っているうちに「もぬけの殻」なんてね、郊外ってそういう図よね。

いや、実際その「かつて」を語っているうちに私は滝山団地で号泣した。それは摩天楼のような(そりゃきれい過ぎる比喩だわ)幻想と言ってもよいかもしれないが、「家族」というものは常に幻想じゃないか、という私の家族を持ってからの始めからの考え

 だから「おうち」(現在)や「おはか」(過去)がいるのさ家族には。そこから派生して「差別」「偏見」なんかもね。そういう被差別者を生まないとやりきれないくらいに「家族」はもろい。

でも自分がちゃんとしてりゃ良いだけだと思うがね、私は。ちゃんと頭で考えれば良いだけなんだと思う。それは考える事、声を出す事、きちんと歩く事(これ今日も整体で指摘されたが)それを誰にも頼らないことではないかな

 

 さみしいさみしい冬の小平、花小金井という「牛角」と「やる気茶屋」しかない花のない町にて「タラちり」。よろこんで~。ホントに言うんだやる気茶屋。

 でもなにを言われようとなにが起きようとなにが起きまいが私たちはよろこんでそれを受け入れるしかないではないか?我々(ししろーとわれだが)はいつもこうやってあちこちで鍋を囲んで来たわけだが、学生時代は東大の学食「銀杏」における湯豆腐ね200円くらい、その後はお金がなかったりめんどくさかったりすると鍋ね、最近は子等も夜ばらばらだったりだから毎朝ほぼ鍋。

 湯気の向こうに老けちゃったお互いを見つける、いや、正確に言うと自分だけはいつまでも23のままなのさ、自分は自分で見えないってなんて素敵な事でしょう。敷衍すれば「家族」もお互いの見たいところだけ誇張してみるあるいはその逆、などで続行していく気持ちの悪い団体ですよ。「ハコ」に閉じ込めない事が肝要ではないかな。家族を閉じ込めないに際して「郊外」と「団地」は機能しなかったのかもしれません・・

 帰りはレッドアロー号でその続き。

その前々日、友人栗本の東村山でのリサイタルの帰りもレッドアローで帰ってきた。知っていますかみなさん?レッドアローは東村山から新宿に出ることと、飯能から池袋に出ることが出来るんです。

何の縁もゆかりもなかったこの街に流れ着いて子どもを3人作り友人を作り暮らしてきました、今はここが私の街になりました、って言うようなことを栗本は言って「ウイーンわが街」を最後にうたっていたけど。

 

 団地ってそういうコミュニティーをなぜか作りにくい。なんでだろう?あの刑務所のような作りであったり、その計算された「企画」がなのだろうか?所詮仮住まいだからか(分譲もあるが)「付け入る余地」を与えにくい。団地生まれはそこに「故郷」を感じにくい。

私は昔から「ひとの温もり」のような言葉が嫌いで、それも団地育ちの歪さなんだろうか。無機質という感覚を常に持ちたいと思っている、実際は亜熱帯、湿気の多いすぐに黴でも何でも生えそうな有機物体だとしてもですよ

 

そこにいた人々よりも残った器のほうに興味が湧く。ぜったい街を形成しない街。

かつて詩人は(田村隆一)保谷は秋の中にある 自分は悲惨のなかにある と書いた 「保谷」を知っている人ならわかると思う詩情。

「滝川団地は冬の中にある」

何の詩情も起きないか?だいたいパクリだし。

「団地冷えてます」

どうでしょう?
 

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