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発表会終了、次回10月13日です

またもブログを書くところに入るのにメモを見るほどお久しぶりです。

そして月曜日、お勤めご苦労様です、私は今日は休日、二日酔いなのは生徒との打ち上げのせいではなく、その後にししろーと行ったハブでの1杯とその後のコンビニで買った酔った頭もさえるほどのマズイ鍋とプレミアムモルツ(こういう工業製品ビールもまずい、飲んだことあるのかサントリー社員)のせいだが、自分は出てないとしても、ステージを作るとは興奮して楽しいものなので、つい開放感から飲んでしまうのでした。

昨夜の発表会は大変良かった、文京シビックセンター小ホールの舞台スタッフは感じが悪い事が多いが、昨日の人は初めてだったのですが、それはもう悪意しか感じないほどだったので、いつも袖から司会をするところ、袖にこのやる気のない旧ソ連人と一緒にいるのは不快なので(そうか、外国人だと思えば腹も立たんわ、日本人サービス良すぎ)客席から司会してた、正面から見るといろいろな事が分かる、みんなほんとに熱心で向学心溢れ、それぞれに上達しており、そしてしっかりダメだしメモを作ってみました、レッスンでね。

私教えるのうまいわ

他人の欠点を指摘する、というのは私の数少ない特技の一つだが、それを有効利用するとこうなる、特技は「仕事」になって初めて人のお役に立てた上に自分の糧になった上に幾許かの税金になった上にこうしてステージで小さな花が咲くという・・これを眠らせておくと家族の欠点を指摘したり、突然国家批判をしてみたりと100害あって一円の税金も生まないばかりか、そのうち自毒にやられてしまうのである。

音をまっすぐ持っていく、という当たり前の事がどうしてこうも難しいかという事について考える。声楽の難しさもコツもへったくれもここにしかないわけだけど、

羞恥心、恐怖心、など思い当たるが、もちろんそういうのが希薄なひとがうたはうまいが、つつしみ、奥ゆかしさ、慎重、熟慮、などと言い換える事が出来るこれらを、その言語に変換しない、という知性とセンスが私は大好きである。

人の良さを隠してふてくされたりするのは私の悪い癖だが、「いかに市民に不快な思いをさせてやるかばかり考えて仕事をしてきた役人のオレも、そこに優しい言葉と菓子の一つも出されたら相好を崩して良い人になってしまうだろう・・」的な(きちんと原典からひいてないが)ことをドストが「地下室の手記」のどっかで云ってるが、私もそんな人である。

そうかシビック舞台スタッフに菓子折りの一つも持っていけばいいのか(まだそこかよ、だが、私の数少ない特技に「しつこい」というのがある)でも持っていかねえよ

「こじらせてやる」(ドストエフスキー「地下室の手記」より、これは本当にある言葉)

こういう私のしつこい性質も、有効利用すれば以下前出と同文である。

人は偏った「性質」を何かに「言い換えて」仕事にするわけだから、なんにも「直す」必要はなく、必要なのは「変換」である

うまい変換を!

例:

ししろーの「性質」を一言で述べるなら「まぬけ」である

が、彼はそれをなんらかに「変換」して「成功」しているんだが、それは私には見抜けない言葉なんである。なんだろう、と思わせるってだけでもう既に「成功」だが、そんなこととっくにみんな分かってるんだろうな、という・・先生も「まぬけ」疑惑であるが・・まぬけとまぬけを掛け合わせて東大生を作りましたアハ(すいません、いつまでも喜んでて)

 

怠惰を奥ゆかしさに変換、病弱(決して病気ではない)に変換、そういうズルケな変換は税金を生まないし良くないと思うが、55から年金をもらい続けて御歳82の母にその時々でどんな「変換」があったのか聞いてみたいが、今はもう「老人」という錦の御旗である。すばらしい。

 

郊外のことばかり考えていた

ゴールデンウイーク(たって2日しか休んでないが)に読んだ「現在知」三浦展他共著(NHKブックス)が秀逸であった、郊外は「たたむ」時期に来ている。日本が、なのかもしれない

「郊外」に日本の日没を見たいのか、痕跡を見たいのか定かでないが、とにかく郊外のことを考えない日はなくなってしまった

フィールドワーク 

随行員 まぬけなので休日出勤になったが、命からがら会社から午後抜け出してきたししろー 場所 駒場東大(いつまでも喜んでてすみません)→神泉→松原団地

私は前澤先生レッスンから命からがら向かったんだが、初めて井の頭線を吉祥寺から乗った。そうか、東電OLのお父さん(東電社員)は「郊外」に家を買ったんだ、郊外は家族を守る、家族を閉じる、家族を崩壊させる、ここまで特異な例でないにしてもどこの郊外にも当てはまる事だと思う。そのことが、なにか今日の言葉で説明するなら「うまい言い換え」が出来なくなっている不器用な「郊外」を私は愛しているんだと思う

神泉という「沿線」を使うという「郊外のまじめな核家族の子ども」的な行動、郊外には「スキマ」がないんだよ。神泉はスキだらけであった

松原団地は私の3歳から6歳まで過ごした場所だが、B地区は完全に更地になってしまった。A地区はタワマンのようになってるが、やめとけ草加せんべいなタワマンは

私の家に初めてピアノが来たのはここでだけど(あのピアノは私の音大受験までを支えたんだよな、もう打ってて涙目だが、どうしてグランドに変えたとき売っちゃったんだろう、今どこでどうしているんだろう)私の黄色いバイエルのうしろには「C-51-101」と書いてある。

C51はやっと全員退去したのか、鉄のフェンスのなかであった。その旧ソ連みたいな、強制収容所のような町並みになんの未練もないし、当時住んでた人などまるで誰も残っていないだろうし、持ち家でないという気軽さ、当時お父さんだった30代の彼らは今どこで「定年ゴジラ」(重松清)の挙句にその人生をたたんだんだろう?住宅すごろく上がりの庭付一戸建ては買えたかな?それはきっと松原団地より「先」だったかもしれない

それでも松原団地の新緑は素晴らしく、これを根こそぎやって草加せんべいタワマンを建てるしか能がないのかURとも思ったけど、めんどくさいや、とも思う。街を残したり街並みを考えたりしないのはやはり頭から爆弾落とされまくったトラウマなのか、ゴジラのようだよね、ゼネコンのアホ。

言い換えられていく街、成功例なんだろう 松原団地

そろそろフルートの先生の娘(生徒今のところ2人、生徒募集中、私はプーと言い換えないように注意してる、毎日良く家事はしてくれるが、サザエさんとフネと言い換えないようにも注意している)を誘って飯でも行くか。

 サザエさん家は井の頭沿線だと確信している、海千山千、郊外にちんけな庭付き一戸建てを買って喜ぶ凡庸家族という意味で長谷川町子が全てを意地悪くかなり批判的に書いているサザエさんだったが、それは東芝によって書き換えられたわけですが、東芝原発も作ってるし、家電そのものが原発を大変必要としていたんですから、郊外は原発を必要としていたとも言えますね、全てその辺の事情は「サザエでございま~す」に書き換えて、

書き換え失敗 

家庭の幸福は諸悪の元(太宰)

「そこ」を「幸福」と変換したのが不幸だったんだろうなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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