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大人になったらピアノを弾きましょう

  左手首が痛いのはもうそうそう治らないのだとして、とりあえず12月29日の「ピアノフォルテの会」ではバッハのイタリアンコンチェルトの3楽章と、モーツァルトのソナタK.333を弾くことにして、コードがロマン派以降は込み入っているのでちょっと無理しないような選曲。あああ、シューマン大会にしようと思ってたのに、でも改めてモーツァルトのソナタなどうまく弾けるはずもないんだなあ。今ショパンコンクールは2次審査が終わり3次に入るところ。圧倒的に私は反田さんを推しているが、一次が、あれ?っていう感じではあった。予選の方がよかった、個人の感想だけど。なんかピアノ、もっとうまくなれなかったのかなあ、私・。小3年の時につきなおした先生が井口基成の弟子で(すると私は孫弟子?)そこから3年間習ってたんだが、このたった3年のレッスンのおかげで、私は今音楽で飯食ってるんだと思ってるし、娘も教えたが「それ」教えてるのでこの人も音楽で飯食ってる。普通大学中退して音大はいるときも、ちょっとブラッシュアップしたら聴音なども何とかなったし、まさかその後「うた」をやるというのは想定外だったが。つまり、ピアノって「それ」教えられない先生についてもうまくならない。

 そして今弾いているイタリアンコンチェルトは、初めヘンレ版を使っていたのだが、指の記載が少なく、先生が基成版のコピーをくれたんだが、やっぱりいいわ、しっくりくる。そしてそのK333もなんだかだれてて、フン何で今更モーツァルトのソナタ、ということで家にあった基成版でさらっているんだが、いや、これは本当に丁寧で正確で日本人に合った指使い、トリル等の扱い方も異論ある人もいると思うけど、一般的だし、わかりやすい。井口基成先生の偉業を再度認識。私は持ってたのが基成版が多かったから、大学時代もこれでやってきて(周りは皆ヘンレ版等原典版使っていて、それをいやらしくむき出しで持って、クレージュのバックとレイヤードで通学がトレンドだった)私の大学時代のピアノの先生はあまり版にこだわらなかったので(そんなことより、まずちゃんと弾けよバーカ、という考えだったと思う)でも今の先生が結構こだわる。そうすると確かに原典版持ってないのは良くないこともよくわかり、今更ベートーヴェンのソナタ集すら買った、ヘンレ版。

でも今更、基成版の「おもいやり」を感じる。あんまりうまくないおばさんにも温かい。初心者の子どもにもわかりやすい、その根底にあるのは、ピアノを日本に定着させよう、みんなが弾けるようになったらいいなあ、な愛ではなかったか。基成の弟子の3年間ついていた先生とそのお母ちゃんは、発表会の壮行会の後で必ず、井口先生にお習いして、帰りに2人で泣きながら帰った話をされたが、そこまでして叩き込みたかったことは、これからのピアノ教育を担うであろう人々に正しいことを伝授されよ、ピアノのキチンと弾ける人間を少しでも増やしたい、という愛ではなかったか。「それ」を習得するに、そんな甘いことではならないのである。ヤマハは戦後、本当に努力と努力を重ね、ピアノの普及と開発に従事してきたと思う。ショパンコンクールでヤマハが、最近はカワイがガイジンの演奏者に選ばれるとき、私は一人快哉を叫ぶ。なのになんだ、クラビなんとかを売ったりして、ピアノ愛はどうした?あんな電気製品で何が出来るというんだばかもん、誰か叱ってほしい。

 改めて明治時代という偉大な時代を思う。開国後に全部は始まっているが、音楽で言うなら西洋音音楽を取り入れるために、文部省に音楽取り調べ係なる係を設け、西洋音楽の普及を図った。一番効いたのは「文部省唱歌」の普及である。戦後、それらは古臭いということで、扱いが小さくなったが(ばーか)例えば「甍の波と雲の波」(こいのぼり)の甍が理解できない、というのだ。教えればいいじゃん。「兎追いし」が「兎おいしい」じゃないとわかるのは後年だが、いいじゃないのそれで。そんなこと言うなら「あなたが噛んだ小指が痛い」のなんで人の指を噛むんだ、とか「別れのそのわけは話したくない」のはなんでか、とか子どもはいろんなことがわからないけど、何となくうたうものではないのか。苦い大人になったらみんなわかるよ。

 明治時代はもうそこらのおじさんが、機関車を作れないかとか、なにか出来ないか、できるんではないかと燃えてた時代だと何かで読んだが、そういう熱狂があったに違いないと思う。そうでないと井口基成や安川加寿子やサイトウ記念の斎藤先生の偉業が説明できない。レコードもさしてなかっただろうし、楽譜は船便で取り寄せ?だいたいピアノはどこにあった?

生徒がYouTubeでやってる曲を聞いて、あるいは合わせてうたって練習、などに今更驚きもしないが、そして私も最近はまずCDを買わないが、ありすぎてありがたみがないというのはあるよね。不足、という状態がいかに人にやる気を出させるか、という話なのかな。なにもかも手に入りやすく、あれしなさいこれしなさいと「良かれと思って」いってくる親と、生暖かい環境というのが、ほんと「不足」を見つけにくい、つまり「やりたいこと」を見つけにくいし、やる気が出ない。でも凡人の子どもは「あれしなさいこれしなさい」といわないとほんとに何もしないからね。「飢え」のような大状況は無くて久しいし。飽食飽満な時代に「不足」を見つけるのはむずかしいです。

そこで提案?うたでもピアノでもやってみるといいが、「不足」だらけで毎日楽しいです。ちょっとでも出来た気になると(気のせいかもしれないが)その日くらいは満ち足りた気持になれますよ。そしてすぐ次の「不足」が見つかるから飽きません。こんなことやっててどうするんだ、という根本的な課題は、じゃ、生きてたってどうもないじゃないか、というレトリックでかわす。

 ピアノフォルテの会(大人になったらピアノを弾こうの会)12月29日〔木)1時から江戸川橋ピアノパッサージュ。若干出演者募集中。

 

 

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