大掃除終了。
〆の会も終了。今年は12月1日だったので、12月が長かったなあ。37人出演。聞いてて思ったけど、これ大体の人がここで声楽を始めたんだから、奇跡な教室。
もうひとえに私の教え方がうまいんだろうが、何がって、その人その人の「声」の「出ない理由」の見つけ方がうまいんだろう。
もうその人の声はその人の人生だなあ。良いも悪いもないが、声が出ない、出にくい、出てるけど変な癖がある、出てるけどあんまり魅力的ではない、出てるけど面白みがない、等々はそのままその人の生き方なんである。
赤ちゃんの時は等しく大きな声が共鳴させられ、1日やっても喉がかれなかったんだから、そこから環境なんだか考え方なんだか、つまり大きく言えば生き方で声は変わっていくんでしょう。
人相とかも同じだよね。つまり環境で人は変わるが、そのひとが環境は選んでいるので、そうそう何にも変わらないんだが、それをだな、ああか、こうか、と変えようとする努力を「音楽」の中で成し遂げようという、難しい仕事を私はしていて、でもそれに賛同している人が少なくとも37人はいて、それぞれにみんな簡単に言えば上手くなっているのでいいのですよ。
大掃除の一環で、3年前からそのままにしていたメールを削除しているんだが、この3年で私の周辺も大きく変わったんだよね。
そんな中で、ちょっとやりすぎと言えるくらいいろんなことをしてきたが、もう齢60にも差しかかろうという、今で言えば人生折り返し地点の少し先、もう少し落ち着いて勉強していかなきゃなあ、と思います。
思えば私がうたをはじめたきっかけって、もう如何にもこうにも叫びたい!だったと思いますね。この環境から逃れられない時に人はうたうんですよ。多くの労働歌やゴスペルやらがそうであるように。
何不自由なく育てられ、優しい旦那(当時はな)に拾われ、あっさり子供も出来・・限界だった。自分はこれらに守られいつまで「生きること」を延期しなくてはならないのか?
生きてみたくなった。自分の声を出してみたくなった。
「人形の家」のノラと同じで、わたしはその扉を開けて外に出たんですね(すごくかっこいい言い方だけど、大体の疑問点や悩みなど、とっくの昔に誰かが書いているのよ)
簡単に言えば、好奇心だろうね。
好奇心があるがばっかりにまずいことになっている人は枚挙にいとまないが。
「ノラもまた考えた、バタンと扉を閉めたその後に考えた・・帰ろうかしら」太宰治。
ふん、わたしは帰らなかったんだと思うよ、あるいは3点確保のずるい旅だったかもしれないけどさ、責任は果たしたよ。
お帰りノラ、
帰る家は建て替えで、追い出されたら仕事もないがな、うたはうたえるだろうよ。建て替わったら売っぱらってイタリアでもいくかな。